動脈硬化― 血圧・血糖・コレステロールは、別々の問題ではありません ―
健康診断の結果を見ていると、
「血圧が少し高いですね」
「血糖値が少し高めですね」
「LDLコレステロールも少し高いですね」
と、一つひとつの数字に目がいきます。
そして、
「どれもそれほどひどくないから、大丈夫かな」
と思うこともあるかもしれません。
もちろん、それぞれの数字を見ることは大切です。
でも、私が健康診断の結果を見る時に大切にしているのは、一つの数字だけを見るのではなく、それらを並べて見ることです。
なぜなら、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙などは、それぞれ別の問題でありながら、その先で動脈硬化という共通の問題につながっているからです。

そもそも「動脈硬化」とは?
「動脈硬化」と聞くと、
血管が年齢とともにカチカチになる
というイメージを持つ方もいるかもしれません。
もちろん血管には加齢による変化もありますが、心筋梗塞や脳梗塞の予防で特に問題になるのは、アテローム性動脈硬化(Atherosklerose)です。
血管の壁にLDL(いわゆる「悪玉」)コレステロールなどが関係した変化が起こり、炎症反応などを伴いながらプラークが形成されます。
それによって徐々に血管が狭くなることもあれば、プラークが破綻して血栓ができ、血管が突然詰まることもあります。
心臓の血管で起これば心筋梗塞、脳につながる血管で起これば脳梗塞、足の血管で起これば末梢動脈疾患(pAVK)などにつながります。
つまり、私たちが防ぎたいのは単に「血管が硬くなること」ではありません。
大切な臓器への血流が障害されることを防ぐ。
それが動脈硬化を予防・治療する大きな目的です。
動脈硬化は、かなり進むまで気づかないことがあります
ここが、高血圧や糖尿病とよく似ています。
血圧が高くても元気。
血糖が少し高くても元気。
コレステロールが高くても元気。
動脈硬化そのものも、かなり進行するまで症状がないことがあります。
だから、
「特に困っていないから大丈夫」
と思いやすいのです。
でも健康診断の目的は、今つらい病気を探すことだけではありません。
今は何も感じていなくても、10年後、20年後の心筋梗塞や脳卒中につながるリスクがないかを見る。
血圧、血糖、コレステロールなどを調べることには、そういう意味があります。
「少し高い」を、一つずつ別々に見ない
この記事で一番お伝えしたいのは、ここです。
たとえば、
血圧が少し高い。HbA1cも少し高い。LDLコレステロールも少し高い。
それぞれを見ると、「まだそれほどではない」と思えるかもしれません。
でも、そこに喫煙、腎機能、年齢、家族歴などが加われば、話は変わります。
反対に、同じLDL値、同じ血圧でも、ほかにリスクのない若い方と、糖尿病や腎臓病があり、すでに心筋梗塞を起こしたことのある方とでは、その数字の意味は同じではありません。
現在の心血管予防では、こうした因子を組み合わせて、その人全体の心血管リスクを考えます。欧州でも、リスクの程度に応じて予防や治療の強さを変えることが基本となっています。
つまり、
「血圧はいくつなら大丈夫?」「LDLはいくつなら正常?」
だけではなく、
「私の場合、この数字で大丈夫?」
と考えることが大切なのです。
→ 高血圧について詳しくはこちら:「高血圧」の記事へ
→ 血糖・HbA1cについて詳しくはこちら:「糖尿病・予備群」の記事へ
LDLの目標値も、みんな同じではありません
動脈硬化を考えるうえで、LDLコレステロールは重要な因子の一つです。
オーストリアでは、心血管リスクが低い成人についてもLDL 116 mg/dL未満が基準として示されています。
一方、心血管リスクが高くなるほど目標値は低くなります。
私が病院の病棟で診る患者さんには、すでに心筋梗塞や脳梗塞、末梢動脈疾患などを持つ方も多いため、
「LDLは55 mg/dL未満を目指しましょう」
という場面がほとんどです。
さらに、治療中にも短期間に血管イベントを繰り返すような、特にリスクの高い一部の患者さんでは、40 mg/dL未満を考慮することもあります。
循環器の世界では、LDLについて「低いほどよい(the lower, the better)」と表現されることがあります。
LDLは単なる検査値ではなく、動脈硬化性心血管疾患の発症・進展に直接関係する重要な因子だからです。現在の欧州ガイドラインでもLDL-Cは主要な治療標的であり、治療による利益はLDL低下の程度と、その人自身の心血管リスクの両方によって考えることが確認されています。
ただし、
「健康な人も全員、薬を使ってLDLを40まで下げた方がよい」
という意味ではありません。
LDLそのものについては低いほど動脈硬化性疾患のリスクは低くなる。一方、どこまで薬を使って下げるべきかは、その人の心血管リスクによって違う。
ここを分けて考えることが大切です。
日本ではLDL 140 mg/dL以上を高LDLコレステロール血症、120~139 mg/dLを境界域として扱うなど、欧州とは診断基準や管理目標の設定方法にも違いがあります。
→ 日本とオーストリアのLDLの違い、Lp(a)、家族性高コレステロール血症について詳しくはこちら:「脂質異常症」の記事へ
痩せていれば大丈夫?
これも、日本人の患者さんとお話ししていると時々出てくる疑問です。
「太っていないので、生活習慣病はあまり関係ないと思っていました」
でも、体重だけで心血管リスクを判断することはできません。
肥満がなくても、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、遺伝的な要因などがあれば、動脈硬化のリスクはあります。
特に日本人を含む東アジア人では、欧米人ほどBMIが高くなくても2型糖尿病を発症することがあります。
ですから私は、体重だけではなく、
血圧、血糖・HbA1c、脂質、腎機能、喫煙、家族歴などを一緒に見る
ことが大切だと思っています。
→ 痩せていても糖尿病になる理由について詳しくはこちら:「糖尿病・予備群」の記事へ
自分では変えられないリスクもあります
年齢や遺伝的素因、家族歴などは、自分の努力では変えることができません。
また、通常の健康診断にはあまり含まれていませんが、Lp(a):リポ蛋白(a)という、主に遺伝によって決まる心血管リスク因子もあります。
現在の欧州ガイドラインでは、成人で少なくとも生涯に一度Lp(a)を測定することを考慮することが推奨されています。
でも、
「遺伝だから何をしても無駄」
ということではありません。
むしろ、変えられないリスクがあるからこそ、
血圧、LDL、血糖、喫煙、運動など、変えられるものを丁寧に管理する。
そう考えます。
→ Lp(a)について詳しくはこちら:「脂質異常症」の記事へ
「できれば薬は飲みたくありません」
これは診察で本当によく聞く言葉です。
「一度飲み始めたら、一生飲まなければならないのでは?」
「薬に頼るより、食事や運動で何とかしたい」
そう思われる方は少なくありません。
もちろん、食事、運動、禁煙、適正体重、睡眠など、生活習慣を整えることはとても大切です。
一方で、生活習慣を十分に改善しても、遺伝や年齢などの影響で血圧やLDLが目標に届かないこともあります。
また、すでに心筋梗塞や脳梗塞などを起こした方では、薬によって再発リスクを下げることの意味がさらに大きくなります。
ですから、
「薬を飲むか、自分で頑張るか」
という二者択一ではありません。
必要な薬を使いながら、生活習慣も整える。
その両方を組み合わせることができます。
私は時々、「アンチエイジングのような治療」と説明します
薬に抵抗のある方には、私は時々、
「血管や臓器をできるだけ長く元気に保つための、アンチエイジングのような治療だと考えてみてください」
とお話しすることがあります。
もちろん、「アンチエイジング」は医学的な正式な治療分類ではありません。
薬を飲めば老化そのものを止められる、という意味でもありません。
でも、
高血圧なら、血管にかかり続ける負担を減らす。
高いLDLなら、動脈硬化を進める重要な因子を減らす。
糖尿病なら、血管や腎臓などへの長期的なダメージを減らす。
そう考えると、生活習慣病の治療には、
「今ある症状を取るため」だけではなく、「10年後、20年後の血管や臓器を守るため」
という側面があります。
薬を始めることは、
「自分で健康管理ができなかった」
という意味ではありません。
薬も生活習慣も、目的は同じです。
将来の心筋梗塞や脳卒中をできるだけ防ぎ、その先の生活を守ること。
そのために使える手段の一つなのです。
今日からできること
動脈硬化を予防しましょう、と言われると、
「痩せなければ」「運動しなければ」「塩分を減らさなければ」「コレステロールを下げなければ」
と、「しなければ」が増えてしまいます。
でも、全部を一度に完璧にする必要はありません。
一駅歩いてみる。
階段を使う。
野菜や豆、魚を少し増やす。
友人と散歩する。
タバコを吸っているなら、やめる方法を考えてみる。
そして、ときどき血圧を測り、健康診断を受ける。
先日、ウィーンのStadtwanderwegを歩いた時にも思ったのですが、
健康のために人生を楽しむのではなく、人生を楽しんでいたら、それが健康にもつながっていた。
私はそのくらいの方が、長く続けやすいと思っています。
小さなことでも、何年、何十年と積み重なれば意味があります。
健診結果は「通知表」ではありません
健康診断の結果を見ると、
「去年より悪くなった」
「基準値から外れてしまった」
と、成績表をもらったような気持ちになることがあります。
でも私は、健康診断は合格・不合格を決める試験ではないと思っています。
血圧も、HbA1cも、LDLも、その数字だけで一喜一憂するために測るものではありません。
大切なのは、
それらを組み合わせた時に、自分の血管にどのくらいのリスクがあるのか。
そして、
今から変えられるものは何なのか。
ということです。
ウィーンで歳を重ねるということ
歳を重ねれば、血圧が少し上がったり、血糖やコレステロールが気になったり、健康診断で見る項目が増えたりします。
それを、
「歳を取ったから仕方がない」
と諦める必要も、
反対に、
「すべての数字を完璧にしなければ」
と健康の数字ばかりを追いかける必要もないと思います。
私たちが守りたいのは、検査結果の紙ではありません。
これからも自分の足で歩くこと。
旅行すること。
好きなものをおいしく食べること。
友人や家族と出かけること。
そして、できるだけ長く自分らしい生活を続けること。
血圧を測ることも、血糖やコレステロールを調べることも、そのための手段です。
一つひとつの数字を怖がるのではなく、
「私の血管を長く元気に保つために、今できることは何だろう?」
そんなふうに健康診断の結果を眺めてみてください。
参考情報
この記事は2026年9月時点の医学情報に基づいています。欧州の脂質管理については2025 ESC/EAS Focused Updateで、心血管リスクに応じてLDL-C治療強度を決める考え方が改めて確認されています。
※胸の痛みや圧迫感、突然の強い息苦しさ、片側の手足の麻痺・脱力、言葉が出にくいなどの症状がある場合は、次回の健康診断を待って相談する問題ではありません。心筋梗塞や脳卒中など緊急性の高い疾患の可能性があるため、速やかな救急対応が必要です。




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