【連載】ウィーンで歳を重ねるということ①|―もの忘れと、これからの医療の話―
更新日:9月21日

ウィーンで診療をしていると、
ふとした会話の中でこんな言葉を耳にすることがあります。
「最近、ちょっと忘れっぽくて」
「年のせいだと思うんですけどね」
どこか少し笑いながら、でもほんの少しだけ不安そうに。
もの忘れは、誰にとっても身近な変化です。
そしてそれは、日本にいても、ウィーンにいても、変わることはありません。
けれど海外で暮らしていると、その意味合いは少しだけ違って感じられることがあります。
言葉のこと。
医療のこと。
家族との距離。
「もし本当に困ったとき、自分はここでやっていけるだろうか」
そんな思いが、ふとよぎることもあるかもしれません。
少し前まで、認知症という言葉は、
どこか「どうすることもできないもの」として語られることが多かったように思います。
けれど最近では、その捉え方が少しずつ変わってきています。
生活習慣や社会的なつながり、
そして体の状態を整えることが、
将来の認知機能にも関わっている可能性がある、ということが分かってきました。
すべてを防げるわけではありませんが、
「何もできないわけではない」という感覚は、
以前よりも確かに広がってきています。
そしてもう一つ、大きな変化があります。
アルツハイマー病に対する治療も、
ゆっくりではありますが、新しい段階に入りつつあります。
ウイーンでも日本でも、病気の進行に関わる物質に働きかける
点滴による新しい治療が話題に上るようになってきました。
まだ限られた条件の中で、慎重に使われている段階ではありますが、
「進行を遅らせる」という考え方が、
少しずつ現実のものとして語られ始めています。
もちろん、こうした医療がすぐにすべてを変えるわけではありません。
けれど、
「これからは少し違うかもしれない」
と思えることは、大きな意味を持つように感じます。
ウィーンで歳を重ねていくということは、
不安と無縁ではありません。
それでも、日々の暮らしの中でできることや、
少しずつ進んでいる医療の変化を知ることで、
見え方が少し変わることもあります。
もの忘れは、特別な誰かの話ではなく、
私たち一人ひとりの延長線上にあるものです。
だからこそ、遠ざけるのではなく、
少しだけ近くから、静かに見つめてみる。
そんな視点もあってよいのかもしれません。
日々の中で気になる変化があっても、 「どこまでが自然なものなのか」 「どこから考えた方がよいのか」 迷うこともあるかもしれません。
そうしたときに、 母国語でゆっくりと整理してみることで、 見え方が少し変わることもあります。
無理のない範囲で、 立ち止まって考えてみる時間を持つことも、 一つの選択肢かもしれません。




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