【連載】ウィーンで歳を重ねるということ①|―もの忘れと、これからの医療の話―
- Dr. Rie Iwaki

- 4月16日
- 読了時間: 3分
ウィーンで診療をしていると、
ふとした会話の中でこんな言葉を耳にすることがあります。
「最近、ちょっと忘れっぽくて」
「年のせいだと思うんですけどね」
どこか少し笑いながら、でもほんの少しだけ不安そうに。
もの忘れは、誰にとっても身近な変化です。
そしてそれは、日本にいても、ウィーンにいても、変わることはありません。
けれど海外で暮らしていると、その意味合いは少しだけ違って感じられることがあります。
言葉のこと。
医療のこと。
家族との距離。
「もし本当に困ったとき、自分はここでやっていけるだろうか」
そんな思いが、ふとよぎることもあるかもしれません。
少し前まで、認知症という言葉は、
どこか「どうすることもできないもの」として語られることが多かったように思います。
けれど最近では、その捉え方が少しずつ変わってきています。
生活習慣や社会的なつながり、
そして体の状態を整えることが、
将来の認知機能にも関わっている可能性がある、ということが分かってきました。
すべてを防げるわけではありませんが、
「何もできないわけではない」という感覚は、
以前よりも確かに広がってきています。
そしてもう一つ、大きな変化があります。
アルツハイマー病に対する治療も、
ゆっくりではありますが、新しい段階に入りつつあります。
ウイーンでも日本でも、病気の進行に関わる物質に働きかける
点滴による新しい治療が話題に上るようになってきました。
まだ限られた条件の中で、慎重に使われている段階ではありますが、
「進行を遅らせる」という考え方が、
少しずつ現実のものとして語られ始めています。
もちろん、こうした医療がすぐにすべてを変えるわけではありません。
けれど、
「これからは少し違うかもしれない」
と思えることは、大きな意味を持つように感じます。
ウィーンで歳を重ねていくということは、
不安と無縁ではありません。
それでも、日々の暮らしの中でできることや、
少しずつ進んでいる医療の変化を知ることで、
見え方が少し変わることもあります。
もの忘れは、特別な誰かの話ではなく、
私たち一人ひとりの延長線上にあるものです。
だからこそ、遠ざけるのではなく、
少しだけ近くから、静かに見つめてみる。
そんな視点もあってよいのかもしれません。
日々の中で気になる変化があっても、 「どこまでが自然なものなのか」 「どこから考えた方がよいのか」 迷うこともあるかもしれません。
そうしたときに、 母国語でゆっくりと整理してみることで、 見え方が少し変わることもあります。
無理のない範囲で、 立ち止まって考えてみる時間を持つことも、 一つの選択肢かもしれません。
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